訳者はしがき(抜粋)
原著者グロスマンは人物伝を本書の多くの部分に費やし、死刑に関連した諸々の事件を叙述する切り口としている。これを含め、取り上げられた項目は時間的には古代から現代にわたり、空間的には世界の主な地域を網羅する。この全体を概観すれば、そこに浮かび上がるのは、死刑に関して、少なくともこれまでの世界史の上では不可逆的に見える二つの大きな流れである。すなわち、一つには、処刑方法における残虐性の減少である。もう一つには、死刑の適用における恣意性の減少、もしくは死刑の適用の抑制である。抑制の流れからは死刑の廃止が枝分かれして第三の大きな流れになりつつあるが、これがどの程度不可逆的であるかについてはなお確認に時間を要する。
一方、日本国内における死刑の事例に関する本書の記述は、巻末年表上の数例を除けば、リヒアルト・ゾルゲ(Richard Sorge)の項と東條英機の項のみである(このほか日本人としては、海外で刑死した山下奉文が取り上げられている)。このうちソルゲに関しては、1944年に東京の巣鴨刑務所(当時)で処刑された際の最後の言葉と状況についての克明な記録が引用されている。もしこうした記録を集めて日本国内の死刑について記載を充実させようとするならば、近代以前に関してはかなりの程度に可能であろうが、皮肉にも、現代に関しては至難と思われる。なぜならば、現代においては、ごく少数の元刑務官などによる私的な記録といった例外は若干あるにせよ、国内の死刑の執行に関する資料が極端に少ないためである。第二次世界大戦後の半世紀の間に日本で処刑された人々の数は600名を超えるので、資料が少ないのは刑死者の絶対数が少ないためではないことは明白であろう。資料が少ない理由は、死刑について政府が取る非公開性の政策にある。本書には処刑に報道関係者などが立ち会うことを認めるアメリカの例が多く記されるが、もとより日本ではそのような例は皆無である。のみならず、日本では死刑執行に関する公文書の存在もきわめて限られる。実際、報道によれば、1949年から1989年までの法務大臣による「執行命令書」と、執行後に作成される「執行始末書」は、情報公開法施行直前の2001年1月末までに廃棄処分されている。これは、情報公開法が制定される以前の2000年頃に、法務省が「死刑執行に関する文書」の保存期間をそれまでの「永久」から「10年間」に短縮したためである。したがって、1949年から(本書の刊行時点から言えば)1992年までの間にだれがどのように死刑を執行されたかという公式記録は存在しないことになる。さらに1998年以降に至っては、執行があった事実と人数以外、いっさいの記録は公表されなくなっている。これは、法務省が情報公開審査会に提出した意見書で「執行によって法務省の事務は終了する」として「長期間にわたって個々の執行に関する事実を把握する必要性はない」との考えを示したためという。
ところで、たとえば電気椅子は日本では用いられたことがないとしても、この処刑用具を知らない日本人は子どもを除けばいくらもいないであろう。だが、電気椅子は本書でも示されるとおり、絞首刑における不手際や残虐性をなくす試みの一つであり、このことまでも知る日本人はさほど多くはないかもしれない。むしろ、絞首刑に不手際が起きうることなど思いもよらないのが普通であろう。日本では明治初期に斬首刑が廃止されて以来、絞首刑が唯一の処刑方法となっているが、執行の際の不手際についてはその有無さえも、少なくとも公式には確認できない模様である。しかし、これも本書で述べられるとおり、絞首刑を手際よく行うにはかなりの熟練技術を要する。このためアメリカでは他の処刑方法が考案され、一部には死刑廃止運動が促進される要因ともなったほどである。とすれば、日本における戦後だけでも600を超える処刑のいずれもが手際よく執行されたのかどうかという疑問が生じる。これはいくつもの疑問の一例にすぎないが、検証しうるのも今となってはごく一部のみなのである。
いずれにせよ、自国において一般には有無さえも知られない事柄の存在を、海外の事例によって推し量りうることは、翻訳がもつ効能の一つであろう。本書がそうした中の一助となれば幸いである。(後略)
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