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日本の児童相談
本体2,400円+税
ISBN 9784750333045
判型・ページ数 4-6・312ページ
出版年月日 2010/11/15

日本の児童相談

先達に学ぶ援助の技

児童虐待時代といわれる今だからこそ、児童福祉の世界を生き抜いてきた先達を訪ね、思いきりいろんなことを訊いてみたい――。そんな著者の思いから生まれたインタビュー集。60代から80代までの元ソーシャルワーカーたちがこれまでの実践を振り返る。

 はじめに

田中島晁子さん(東京都)
○あなたの感性を磨きなさい――オウム真理教事件にも挑んだパイオニア
   手のひらで雛人形が崩れる/ご飯炊くなんて得意中の得意/軍歴をピタッとあてちゃった/残り一%でも諦めないこと/だったら子ども産まなきゃ/「あんたの捨て子よ」/家を見た途端、ムカムカするの/私、知りたがりなのかな/何もかも手探り/「あなたの感性を磨きなさい」

加藤俊二さん(愛知県)
○バンザイ、俺は福祉司だ!――七つ道具はバットにグローブ、ジーパンや石鹸
   留守番しながら絵を描いた/伊勢湾台風、何百という遺体が……/心理学に絶望したんだ/俺が非行少年を直す!/「生活を綴ろう」ってね/バンザイ、俺は福祉司だ!/なんで仲間から引き裂くんだ!/ついにダウンしたの/山の話をしたかったな

鈴木豊男さん(茨城県)
○児童相談所には文化がなきゃ駄目だね――担当地域を隈なく歩いた児童福祉司
   ようこそ茨城へ/機銃掃射に命からがら/炭鉱の村の教師になった/児童相談所が変化する節目のときに就職したんだ/劣悪な職場の条件/『児童相談所執務必携』は立って読まされた/この足で、一日二〇キロは歩いたね/“自由業”は、厳しいんだよね/仲間の支えがあればこそ/児童相談所には文化がなきゃ駄目

伊東美恵子さん(大阪府)
○悩んで悩んで道が開ける――児童福祉司一筋三八年
   日本で唯一の人ですよね/両親二人ともが結核で入院したんです/就職先は児童相談所って、決めてました/児相研には熱気がありましたね/福祉司を続ける秘訣ですか? 忘れることかな/組合の役員も三七年間させてもらいました/ドライバー突きつけられて一目散に逃げました/七〇年代も、苦労したのは児童虐待です/まわりが支えてくれたんです/悩んで、悩んで、道が開けるっていうのかな/天然ボケと言われてまして/素晴らしい人に出会えましたからね

山本昭二郎さん(大阪市)
○人には大切な出会いがあるんでしょうね――八〇歳を過ぎてなお現役の心理臨床家
   八〇歳を超えて現役/ちりめん問屋に生まれる/隣村の代用教員を頼まれてね/僕に教員の資格はないと思ったんです/「林脩三先生に会ってごらん」/いかにして専門性を高めるのか/とにかく皆一生懸命でした/大阪のど真ん中にある施設のどこがおかしい/「分化と統合」を掲げてね/「過渡的治療」ということ/感動を与える人でありたい/お互い、本音が出せないとね/よきものを受け継ぎ、伝えていく/『ヒポクラテスと蓮の花』

渡真利源吉さん(沖縄県)
○だから私は馬鹿だと言われるんですよ――占領下の沖縄で児童福祉の礎を築く
   土地持ちの家の子は中学に行けなかった/爆弾を見て初めて敵機とわかったんです/密航同然で沖縄本島に渡りました/一番前の席がいつも空いてるんです/沖縄から何十人もが本土留学しました/沖縄児童福祉法に「訓戒・誓約」はありません/それはもう措置会議ですね/沖縄には糸満売りというのがあってねえ/現場に戻りたい!/もう一度本気で子育てを考えないと

津崎哲郎さん(大阪市)
○待っているだけではあかんのです――介入的ソーシャルワークはこうして生まれた
   相手は無視して通り過ぎていく/このまま企業人間になってもあかん/ドーナツ状に真っ黒になるんですわ/子どもの気持ちがよく表現されてるんですよ/いろんな勉強会をやりました/問題意識を持つことは基本でしょ/処遇が行き詰まる/闘志がわいてくる/壁が悉く突破できていったんです/生みの苦しみですから/要は四方八方がケースワークなんです/法律のほうを破らなあかん/その子に教えてもらったんです/子どもの利益の代弁者として

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