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日韓をつなぐ「白い華」綿と塩 明治期外交官・若松兎三郎の生涯
本体3,000円+税
ISBN 9784750345789
判型・ページ数 4-6・256ページ
出版年月日 2017/10/25

日韓をつなぐ「白い華」綿と塩 明治期外交官・若松兎三郎の生涯  新刊

20世紀初め、朝鮮の木浦(モッポ)領事館領事に着任し、“陸地綿”と“天日塩”を導入した明治期の外交官・若松兎三郎。彼は朝鮮の産業発展に貢献し日韓の懸け橋になろうとした。本書は、その生涯を膨大な外交資料や木浦に残された事績、遺族・関係者への綿密な取材から浮かび上がらせる。
 はじめに

序章 日韓の架け橋となった明治期外交官・若松兎三郎
 陸地綿と天日塩の導入、韓国の産業発展に寄与
 木浦で発見した新しい可能性にチャレンジ
 若松兎三郎への評価

第一章 大分県玖珠郡森村の少年時代
 森村で少年期を過ごす
 森村の秀才たち

第二章 同志社で形成した人生観と世界観
 同志社入学と田中源太郎との出会い
 新島襄から良心と自由、人類愛を学ぶ
 同志社で出会った人たち

第三章 最高学府東京帝国大学で知識を涵養
 東京帝国大学へ進学
 大学時代の出会い
 大学在学中外交官試験に合格する

第四章 外交官として国際舞台で羽ばたく
 京城公使館で小村寿太郎及び原敬と親交
 自由と多様性の新天地ニューヨークで学んだもの
 杭州及び沙市領事として中国を観察する

第五章 朝鮮陸地綿の元祖、若松兎三郎
 揚子江航海中の綿花対談が朝鮮陸地綿栽培の契機
 木浦領事着任と陸地綿栽培への執念
 木浦高下島で陸地綿を試作する
 陸地綿試作成功で東京を動かす
 政界の有力者による棉花栽培協会の設立
 若松領事の再試作地視察報告
 日韓共同で陸地綿栽培を奨励する
 勧業模範場及び棉作試験場の設置
 朝鮮陸地綿の普及と綿産業の発達
 陸地棉栽培三〇周年記念事業

第六章 天日製塩の提唱者、若松兎三郎
 輸入に依存していた朝鮮の食塩事情
 天日製塩を提唱した若松兎三郎
 朝鮮半島最初の天日製塩試験場設置
 政府主導の天日製塩事業開始
 天日製塩の輸出産業への転換

第七章 若松兎三郎の日露戦争と東郷平八郎との縁
 日露戦争の秘められた史実
 佐世保-玉島間海底電線の敷設
 八口浦防備隊設置
 八口浦・玉島の軍用地買収に関与した若松領事
 朝鮮半島最初の気象観測所設置
 東郷平八郎連合艦隊司令長官の戦略拠点八口浦

第八章 外交官人生で直面した危機
 開港期木浦港の労働事情
 国際問題化した労務紛争

第九章 統監府及び総督府官僚時代
 外交官から内務行政官へ移籍
 元山理事官時代、釜山─雄基間の航路開設に尽力
 日韓併合前夜の平壌理事官時代
 寺内正毅総督と衝突した釜山府尹時代

第一〇章 仁川米豆取引所社長就任
 総督府から仁川米豆取引所社長就任要請
 仁川米豆取引所再建に尽くす
 仁川米豆取引所と京城株式市場の合併問題

第一一章 帰国後、母校同志社大学に奉職
 第二の故郷朝鮮を離れて京都に帰る
 同志社大学校友会会長として活躍

第一二章 在日朝鮮人の人権擁護と教会建設に協力
 在日朝鮮人の人権擁護に尽力
 朝鮮人教会建設への協力とアービン宣教師

第一三章 余生は家族と共に
 若松家の人々との出会い
 長女・篤世への愛情
 三女・緑と画家岡本神草の夭逝
 四女・モミヂと高須家の医師ファミリー
 若松家を継いだ男たち
 三人の娘たちと妻・里うの死
 不運の交通事故死
 若松兎三郎と衛藤征士郎の奇縁

第一四章 木浦の中の日本文化
 木浦開港と日本領事館開設
 木浦港の発展と日本人移住者
 日本政府による高下島買収顛末
 木浦に残る日本の遺跡
 戦争孤児三〇〇〇人の母・田内千鶴子と木浦共生園
 木浦高下島が“綿花の島”に生まれ変わる

 参考文献

 むすびに代えて

 若松兎三郎略年譜

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