ホーム > 福岡伸一、西田哲学を読む
福岡伸一、西田哲学を読む
本体1,800円+税
ISBN 9784750345338
判型・ページ数 4-6・362ページ
出版年月日 2017/07/07

福岡伸一、西田哲学を読む  新刊

生命をめぐる思索の旅 動的平衡と絶対矛盾的自己同一

 【おすすめ読書!本の動画レビュー】(読売新聞紙上・書籍連合広告企画)

 

西田哲学と福岡生命科学は驚くほど似ている!
生命の定義と知の統合に向かう京都学派の記念碑的成果!

「動的平衡」概念の提唱者・福岡伸一氏(分子生物学者)が、西田哲学の継承者・池田善昭氏(哲学者)を指南役に、専門家でも難解とされる西田哲学を鮮やかに読み解く。その過程で2人の碩学は生命の真実をがっちり掴む1つの到達点=生命の定義=にたどり着く……。
西田哲学を共通項に、生命を「内からみること」を通して、時間論、西洋近代科学・西洋哲学の限界の超克、「知の統合」問題にも挑んだスリリングな異分野間の真剣"白熱"対話。

福岡伸一訳西田幾多郎「生命」、池田―福岡往復メール、書き下ろし(プロローグ、「動的平衡」理論編、エピローグ)も収録!

 

【出版社からのコメント】

 西田哲学と福岡生命科学――一見すると両者は遠い存在のように思われるかもしれませんが、実は直接の接点があります。2013年1月放送のNHK・Eテレ「日本人は何を考えてきたのか:近代を超えて~西田幾多郎と京都学派~」で、福岡先生はナビゲーターとして西田幾多郎の足跡を辿り、その哲学にも触れています。番組の中で先生が「動的平衡と西田哲学には響き合うものがある」とコメントされていたことがこの本の出発点です(先生は広い意味での「京都学派」の生物学者です)。一方、上記番組の放送より前に、西田哲学の正統的継承者である池田善昭先生は、福岡先生の生命観と西田哲学のそれとに通底するものを感じておられました。「統合学」の研究仲間でもあった2人が西田哲学と福岡生命科学を題材に、約1年半にわたって、生命とは何かという問題をめぐって真摯に、かつ真剣に対話した、その記録が本書です。

 福岡先生によれば、対談の前までは「西田をまともに読んだことはなかった」とのことで、難解で知られる西田哲学ですから、対話は必ずしもスラスラとは進みません。先生は所々で足を止め、汗をかき、躓いてもいます(読者のためにあえて躓いてみせてくださったのかもしれません)。読者の方は、福岡先生と一緒に考えながら読み進める気分が味わえると思います。福岡先生が一歩一歩着実に歩みを進めるように西田哲学に向かうその姿勢はとても感動的で、一方、池田先生が言葉を探して、言葉を尽くして懸命に説明される姿にも強く胸を打たれます。

 対談では、まず、西田哲学が全体として何を目指した学問だったのかという見取り図を描きます(第1章)。次に、それに沿って西田の難解な術語群を丁寧に解きほぐします(第2~3章)。そして準備が整ったところで、福岡先生が実際に西田の論文を読み解いていきます(第4章)。そこでは、西田哲学と福岡生命科学が見事なまでに響き合っていることが次々に明らかになるのですが(福岡先生の訳文も収録)、対談はただ両者を重ね合わせただけでは終わらず、第5章ではそこから「時間とは何か」という大命題に挑み、西田哲学を経由することで生命の定義に関して「1つの到達点」に行き着く過程が描かれます(この考察は理論編に引き継がれます)。西田哲学はそれ自体が統合学と呼べる学問でもありました。第6章ではその現代的意義について議論が展開されます。知が分断されているように見える今、西洋科学・哲学の限界を超克する可能性をもつ学としての側面に光を当てて対談の幕は閉じられます。

 書き下ろしや往復メールの一部も加わった実に贅沢な内容で、西田哲学、池田哲学、福岡先生の動的平衡論の格好の入門書となっているだけでなく、生命や自然について思考を深められる一冊です。生命のすばらしさ、尊さ、かけがえなさとともに学問の楽しさ(や厳しさ)をきっと感じていただけるものと思います。

 本書が伝えたいメッセージの一つ、「大切なことは隠されている」――その大切なことを探しに、ぜひ本書を開いてみてください。

 

【関連Webサイト】

福岡伸一まつり開催!(木楽舎Webサイト)

プロローグ 西田幾多郎の生命論を解像度の高い言葉で語りなおす[福岡伸一]

ダイアローグ
第1章 西田哲学の森に足を踏み入れる
  西田哲学と福岡生命科学
  哲学者からの期待
  生物学のゴールとは何か
  生命とは何かを語る言葉
  よくわからなかった西田哲学
  西田哲学は後ろから見れば解きやすい
  ピュシス対ロゴス
  存在と存在者
  ピュシスに還れ
  存在と無の「あいだ」
  「あいだ」の思考

第2章 西田哲学の森に深く分け入る
  「~でなければならない」という独特の文体
  「歴史的自然の形成作用」
  「主客未分」
  「純粋経験」
  「自覚」と「先回り」
  「行為的直観」と「先回り」
  今西錦司の「棲み分け理論」
  「逆限定」
  年輪と環境の「逆」限定
  「絶対矛盾的自己同一」
  ピュシスを語る言葉

第3章 西田の「逆限定」と格闘する
  年輪は作られつつ歴史を作る
  年輪から環境への逆向きの力とは何か
  歴史は観測したときに初めて作られるのか
  「年輪が環境を包む」と言えるためには何が必要か
  逆限定を解く鍵は時間か
  生命が時間を生み出す作用としての「逆限定」
  福岡―池田往復メール
  「逆限定」がピュシスの時間を生み出している
  もう一度「自覚」について
  「行為的直観」「場所」「絶対無」
  「歴史的自然の形成作用」とは何か

第4章 福岡伸一、西田哲学を読む
  西田の問いに対する真摯さ
  西田の『生命』を読む:「個物的多」と「全体的一」
  「多(一)の自己否定的一(多)」「過去と未来との矛盾的自己同一」
  西田の『生命』における「ロゴス」
  絶対現在の自己限定――時間と時刻
  西田の生命論はそのまま「動的平衡」論である
  福岡伸一訳西田哲学

第5章 動的平衡と絶対矛盾的自己同一の時間論
  動的平衡論の「生命の定義」と西田の「歴史的自然の形成作用」
  画期的な実在論としての「生命の定義」
  西田哲学によって福岡生命科学を基礎づける
  動的平衡論の「先回り」における時間
  時間と空間はいかに取り違えられやすいか
  かけがえのない「いま」を生きる
  動的平衡の数理モデル(構想)

第6章 西田哲学をいまに活かす
  ダイアローグの効用
  対話によってもたらされた「5つの気づき」
  近代科学では「時間」が消されている
  モノを見過ぎた科学、自然が見えていなかった自然科学
  動的平衡論vs機械論:マイナーであっても言い続ける
  因果律では逆限定を語れない:「同時性」の問題
  生と実在と論理は一つのものである:統合する学としての西田哲学
  統合のために自分の道具を持つ
  大切なことは隠されている

ピュシスの側からみた動的平衡 理論編[福岡伸一]

エピローグ 生命を「内から見ること」において統合される科学と哲学[池田善昭]

同じジャンルの本

このページのトップへ