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人間なき復興
本体2,200円+税
ISBN 9784750339184
判型・ページ数 4-6・336ページ
出版年月日 2013/11/20

人間なき復興

原発避難と国民の「不理解」をめぐって

あの日からまもなく3年。今も10万人以上が避難生活を続けている。「新しい安全神話」を前提とした帰還政策、人を「数」に還元した復興が進む一方、避難者は国民の「不理解」がもたらす分断に直面し続けている。経済ゲームを超え、真の復興を見出すために。

 

原発事故の被害は計り知れない。まさに計り知れないのです。苦しい避難生活を続けるなか、日々飛び込んでくる情報に心を揺さぶられます。その「得体のしれない違和感」とは何なのか、専門家とともに考えてきました。いま避難をしている方はもちろん、この国の将来に何らかの疑問を感じる人々すべてにこの本を読んでほしい。原発事故から見えるこの国の実態を知ってほしいのです。 ― 市村高志、帯文より

2011年3月11日に生じた東日本大震災に伴う福島第一原発事故。その発生からすでに2年半が経過した。…この事故は終わっていない。このことはほとんどの国民が承知しているだろう。にもかかわらず、実際には何かが終わったかのように処理され、東北の地や、高線量で汚染されてしまった一部の地域を除けば、あのとき、避難指示の対象になり得た首都圏でさえ、もはや震災前の状態に戻ってしまったかのようだ。― 山下祐介、 はじめにより

例えば、原発立地地域は公共施設が充実しているとか、額面は微々たるものでも、各世帯に原子力立地給付金が支払われていたということで、いろいろと批判が出ている。だから、 「今さら賠償金もらって…」みたいな世論も強くなっている。でも実際はそんな単純な話ではない。しかし「そうして単純化された世論が今、非常に根深く彼らの生活を苦しめている実情があるんだよ」と、(学生たちに)そう話してみたことがあるんです。―佐藤彰彦、第4章より

 

 はじめに(山下祐介)
  今、原発避難をめぐって起きていること
  帰還政策の進行
  奇妙な出来事たち
  国民の不理解が深く関わってこの事態ができている
  本書作成の経緯
  本書の構成


第1章 「不理解」のなかの復興

 理解の難しい問題
  「もう帰れませんよね」
  多重のダブルバインドから抜け出るために

 復興とは何か?
  「帰還が復興である」
  復旧と復興
  人なしでも復興になり得るのか
  公共事業として進む復興
  人のいない復興へ

 支援とは何か?
  「何をすればいい?」
  支援者が被災者に依存している?
  被災者への責任転嫁?
  支援がつくる人間の非対称な関係
  支援のなかの人、コミュニティのなかの人
  本来復興は自然におきる、でも今回は?

 あきらめと断ち切り
  依存と自立のジレンマ
  福島県内に戻ることの意味
  理解されないから耐えられなくなる
  日本人一人ひとりは捨てたものではない……のだが

 日本という国の岐路
  この国の実態に気がついてしまった
  近代的統治とキリスト教
  西欧発のツールを、日本人は使いこなせるか
  日本社会のいびつさ――負けたものは負け
  本当の復興が見えるなら

 各論1 私はどう避難したのか――富岡町民の一人として(市村高志)
  富岡から東京までの避難経緯
  とみおか子ども未来ネットワークの意義


第2章 原発避難とは何か――被害の全貌を考える

 二つの避難から帰還政策へ――事故からの2年を振り返る
  原発避難の二つの意味
  第1期(2011年3月11日~12月16日)――「ともかく逃げろ」から、警戒区域・計画的避難区域の設定へ
  第2期(2011年12月16日~2013年3月末)――事故収束宣言から警戒区域の解除、避難指示区域の再編まで
  第3期(2013年4月以降)――避難指示区域の再編以後

 避難の経緯とその心性――何からどう逃げてきたのか?
  「なぜ、着の身着のままの避難だったの?」
  振り返ったら帰れなくなっていた――「え? 本当?」が続いている
  避難で感じた得体の知れない恐怖
  爆発はもうしないよね

 賠償が欲しいから帰らないのか?
  賠償問題に潜む不理解――「賠償もらってよかったね」
  本質としての原状回復論――「元の放射能のない地域に戻してくれ」
  時間感覚のズレが賠償の意味を変える
  「生活再建したいなら、早く和解したら?」

 広域避難を引き起こしたもの――なぜそこにいるのか?
  安全よりも安心を求めた広域避難
  福島県内にとどまる人、戻る人、再び出ていく人
  信頼、安心、裏切り
  事故を起こして、「もうないから信じてね」と言われても信じられるわけがない
  「戻れないのが分かってきた」と「もう戻れないですよね」の間

 避難とは何か? 被害とは何か? 被災者とは誰か?
  「帰らない」と決めれば避難は終わる?
  強制避難、自主避難、生活内避難
  危険からリスクへ――避難の矮小化が起こっている
  1階だった家が突然30階になる
  一人ひとりの復興論/家族と地域の復興論
  被災は死ぬまで残る、被害は賠償でとれる
  自主避難と強制避難の間――「避難する権利」をめぐって

 コミュニティが壊れた
  被災コミュニティ問題――「コミュニティなんか要らない?」
  コミュニティのもつ固有の価値
  日本が二つの社会に分かれている
  くっついていたものがすべて一緒になって壊れている
  避難している現実から

 各論2 タウンミーティングから見えてきたもの――多重の被害を可視化する(佐藤彰彦)

  事故対応や避難の経緯から――問題は多様・複雑・深刻に
  「暮らしや人生すべてを失った」――個人レベルで聞かれる声
  「ふつうにあった暮らしを取り戻したいだけ」――家族レベルで聞かれる声
  苦労して築いた社会関係、同じものは手に入らない――集落レベルで聞かれる声
  「帰る/帰らない」と「町民でいる/いない」は別――自治体レベルで聞かれる声


第3章 「原発国家」の虚妄性――新しい安全神話の誕生

 原発立地は理解できるか?
  なぜそこに原発はあったのか?
  脱原発は、原発が突然目の前に現れたから?

 「なんで原発のそばに住んでいたの?」
  原発を全部止めたらどうなる?――正義としての原発
  原発事故は人生の全否定
  マクドナルドのアルバイトまで原発の恩恵を受けたということなのか
  地方の問題から、国の問題へ

 国家がリスクに賭けた失敗
  300人の3分の1――エネルギー政策を考える
  すべてが関わっている
  おいしいとこ取りだったはずの原発政策

 安全神話から、新しい安全神話へ
  「安全を安全と言って何が悪い」――事故以前の保安院
  「俺らには原子力の取り扱いはできない」
  原発立地をめぐる不理解
  新しい安全神話へ
  強要さえなければよい……のだが

 各論3 とみおか子ども未来ネットワークと社会学広域避難研究会の2年(佐藤彰彦)
  TCFと研究会のなれそめと活動経緯
  不理解がもたらすこと――一つのエピソードを例に
  研究会がTCFと関わるなかで生じたこと・分かったこと
  本質的な問題を理解し、解いていくために


第4章 「ふるさと」が変貌する日――リスク回避のために

 「ふるさと」を失ったのではない、「ふるさと」になってしまった
  「ふるさとに束縛されないほうがいいんじゃないですか?」
  「ふるさと」の意味が違う――人生がなくなった
  政策のなかのコミュニティと生活再建
  「かわいそうな被災者」で何が起きるか
  事業に乗らない「わがまま」な被災者

 津波災害との違い――賠償と放射線リスク
  すべてを失った、しかも政策と科学が絡んで復興できなくなっている
  いじめられている感覚
  平準化の結果としての全否定――人生の、そして歴史や文化の
  津波災害との違いは原因だけ
  「原発災害は賠償が出ている分、恵まれている?」――賠償を損得で考えている
  「俺らは加害者にはなり得ない」
  原発事故は影響が大きすぎる
  影響の長さと健康被害――脱原発と差別問題
  責任の取り方から、「許す」まで――プロセスがない
  押しつけのメニューで果たす責任?

 危険自治体は避けられるか?
  負の予測のシミュレーション
  警戒区域設定に伴う自治権限の問題について
  警戒区域の解除と避難指示区域の再編が意味するもの――安全よりも復興
  帰らざるを得ない人、帰りたくても帰れない人
  住民が選択できること、自治体が選択できること
  もう一つの住民の可能性
  中間貯蔵施設と最終処分場の行方
  安全の自治をないがしろにした結果としての原発事故
  排除が導く追い込み――民主主義こそが危険なものを生み出す?
  切り札としての二重住民票とバーチャル自治体

 「じゃあどうすればいいの?」
  被災者がなすべきこと――タウンミーティングで声をあげ、自治体につなげる
  強い集合ストレスを自覚する――回復する共同体
  「俺らって何だ? 専門家って何だ? 科学者って何だ?」
  分化したシステムに横串を通す
  国民レベルのミーティングへ――信頼できる総合政策の形成へ
  世論をつくるのは一人ひとり
  被災者は闘っている――浮き板をひっくり返す
  追記


 注

 おわりに(市村高志)

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